「そんなこと」夫婦の間のその差を考える




「そんなこと」に対する夫婦間のその差を考える。


どうあっても埋めることの出来ない問題として「物事に対する男女の認識の違い」は恐らくは永遠に交わることの無い命題だと思います。

「結婚は人生の墓場だ」と揶揄されますが、お互いの理解、譲歩、妥協、許しのバランスを保つことで「結婚は人生の火葬場だ」くらいの位置にまでもっていけるのではないか?と考えているのです。

今回は「そんなこと」の大きさや頻度などが結婚生活においてネックになる部分を僕ら夫婦に当てはめて考えてみようと思います。




「そんなこと」はそんなことだと思わないこと。

僕は出来た人間ではありません、むしろ人間ではないのではないか?と思うほど「ズボラ」です。

そして、自分が「ズボラ」であることを妻も理解しており、妻に「〜〜しといて」と言われて動き出すわけですね。

ところがある日

「洗い物俺がするわ」

「あ、ええのん?ありがとう、じゃあ頼むわ」

「適当にやるから、とりあえず皿下げといて」

自発的に洗い物をすると発言した、この三行の文が後に2日ほど会話しないくらいの喧嘩になるわけです。

僕は特に家事が嫌いという訳ではなく、「その作業にかかり始めれば、すぐに終わらせる」タイプですが、その「かかり始める」タイミングが「気分次第」

僕の場合だと、記事投稿の為何かを打ち込んでいたり、情報収集の為に何かを読んでいたりするとあっという間に30分など過ぎてしまうわけです。

そうすると「何してんの?遅くない?亀なん?」と亀に対して失礼な物言いで、こちらの行動を早めようとするのですが、それは「各々のタイミング」がある訳ですから僕は「あとでやる」と一言返し、作業に取り組むのですが、ここから雲行きが怪しくなり

妻が激怒し始めるのです

喧嘩の内容については割愛しますが、僕がぶつけた言葉として「なぜそんなことで怒るのか?」

これは「自分のタイミングでする」ことを辞さなかった僕に対して妻が怒っているからですが、妻も妻で「自分のタイミングで何かを行う」ことは多く、これはお互い様だろう?と思うのですが、虫の居所が悪かったのか、どうにもお互いに譲らず2日ほど会話の無い生活を送った訳です。

その間に思った事、考えた事が
「そんなことだと捉えずにとにかく先回りして行動していこう」

夫婦ケンカは体力、気力、時間と本当に無駄だと学び、争いは避けられるのであれば避ける方が良いのだと結論づけた訳です。




筋や道理などは捨ててしまえ

妻に限らず個人的な経験として女性と言い争いや喧嘩になると「道理、理由、筋などは放棄して感情で押してくる」ことが多い様に感じていて、なぜ怒ったのか?を考えてみてもそれは「腹の虫の居所が悪かった」「それこそ何かしらがあった(悩み事やトラブル、不満など)後に起こった些細なこと」

など大体が些細な事で怒る様に思います、逆にこちらが「ヤバイ、今日床で寝ないといけないかも知れない」とやらかした場合は何故か優しく対応されたりとやはり「理由」が問題ではなく「状態」を察する事が重要なのではないか?

そう考えると「原因」「理由」「事象」は問題ではなく、常日頃と少しでも体調や態度、会話のトーンやトーク内容などから「状態」を理解して、こちらも対応すれば良いのかと気付くのですね。

まとめると

女性が怒るのは「状態(心理的ストレス、体調不良、感情の起伏)を察する事なく、頼んでいた、或いは頼まれなくてもしておいて欲しかった事が出来ていないから」

故に男性が「いやだからこれは〜」と理由や筋、道理などを説いても前提として「状態を察していない」から徒労となり、最終的には過去の失敗、失態などを持ち出され男性も感情的になり喧嘩となるのです。

だから、喧嘩になってしまう前に相手を察する余裕が男性には求められて「包容力がある人」がモテると言えそうです(最近の包容力は何故か便利な言葉となっており、経済力や果ては容姿などを指す場合もあるようです)


喧嘩になればクールダウンが必要で、一度落ち着いて考えることで相手を察する考えが生まれると思います。

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